わが街イイトコ!!

日高市特集

[埼玉県]

昭和30年に高麗村と高麗川村が合併し日高町が誕生しました。その翌年に高萩村を編入し、現在の日高市の範囲が決まりました。昭和40年代からの大規模住宅団地の開発や土地区画整理事業の推進により人口の増加が進みました。
平成3年10月1日、埼玉県で42番目の市として日高市が誕生し、令和3年10月1日に市制施行30周年を迎えました。

日高市のいいトコ!!

日高市で憩い・楽しむ

あいあい橋

巾着田を囲む高麗川に架かる歩行者専用の橋です。橋長91.2メートルで木製トラス構造の橋としては日本最大級の長さです。
※トラス構造…「トラス」は三角を意味する言葉で、各部材を三角形に組み合わせて強度を確保したもの

高麗川

高麗川は、奥武蔵の山々の豊かな自然から流れ出た川で、関東有数の水質を誇ります。広々とした河原は、環境保全条例の施行により自動車での河川への乗り入れが禁止されているため、安心して水遊びを楽しむことができます。
また、日高市は、埼玉県と「高麗川まるごと再生プロジェクト」に取り組みつつ、独自に遊歩道整備や景観配慮看板の設置、公衆トイレ改修や魚道整備などを進めています。

日和田山

日高のシンボルとして親しまれている標高305メートルの低山です。山頂付近に立つ鳥居からは、巾着田を形作る川の蛇行が一望できます。ハイキングコースも整備されているため、巾着田と併せて、遠足地としても人気です。

日高市の名所・文化

高麗村(こまむら)
石器時代住居跡(せっきじだいじゅうきょあと)

高麗川右岸の台地上に位置する縄文時代中期(約4500年前)の住居跡です。昭和4(1929)年に発掘調査が行われ、時期の異なる2軒の円形の竪穴式住居跡が一部重なって検出されました。

所在地 台79-1

高麗家住宅(こまけじゅうたく)

高麗神社の神職を務めてきた高麗家の住居として使われていた、茅葺屋根で、入母屋(いりもや)造りの建物です。建築は17世紀前半(江戸時代前半)と推定され、東日本の民家の中では極めて古い建築です。

所在地 新堀850(高麗神社境内)

梵鐘(ぼんしょう)

聖天院に伝わる梵鐘で、鎌倉時代に関東で活躍した鋳物師・物部季重(もののべすえしげ)の手によるものです。鎌倉時代中葉の文応2(1261)年の鋳造で、総高81.2センチメートル、口径45センチメートルをはかります。

所在地 新堀990-1(聖天院)

女影ヶ原古戦場(おなかげがはらこせんじょう)

 鎌倉幕府最後の執権・北条高時の遺児・時行の北条軍が、足利尊氏の弟・直義が派遣した軍を破った戦場です。北条軍はこの後、小手指ヶ原(所沢市)、分倍河原(府中市)、武蔵井出の沢(町田市)で勝利し、一時は鎌倉を占拠しました。この一連の戦を中先代の乱といいます。

所在地 女影444

高麗神社本殿(こまじんじゃほんでん)

高麗神社の高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)、猿田彦命(さるたひこのみこと)、武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)の三柱を祀っている社です。社は室町時代後期の建立と考えられています。

所在地 新堀833(高麗神社)

諏訪神社の獅子舞(すわじんじゃのししまい)

「高麗宿の喧嘩獅子」と言われるほど豪壮で荒々しい舞で知られています。この他、無形民俗文化財として、横手神社・野々宮神社・高麗神社で行われる獅子舞と八坂神社の祭ばやしが市の指定を受けています。

所在地 栗坪239

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