西之表市特集
[鹿児島県]
西之表市には、都会にないゆっくりとした時間が流れています。
鉄浜海岸では、時間を忘れ、波と戯れるサーファー。
浦田海水浴場では、親子連れの海水浴客、豊富な種類の熱帯魚たちとのダイビング・シュノーケル。
昔はどこにでもあった農村風景。人情あふれる島人たち。
どこを見ても、ゆっくりとした安らぎを感じることができます。
西之表市のいいトコ!!
西之表市で憩い・楽しむ
天女ヶ倉展望所
市北部の伊関の見晴らしのよい峠にあり、西之表市の東海岸一帯を広く見渡すことができます。
浦田海水浴場・キャンプ場
青い海、白い砂浜が美しいこの海水浴場・キャンプ場は、種子島の北側に位置し、周りを森林に囲まれた、静かな入り江になっています。海水浴の他にもキャンプ場、釣りなど、さまざまな楽しみ方ができます。シャワー・トイレ・休憩室などを備えた管理等「シーサイドハウス」もあり、快適な時間を過ごすことができます。浦田海水浴場・よきの海水浴場の水質が、鹿児島県の海水浴場水質検査において、水質AA(特に良好な水質)と評価されました。
種子島鉄砲まつり
日本で最初に鉄砲が伝来したのを記念して毎年開催される種子島最大の祭り。火縄銃の試射や鉄砲伝来に関わりの深い人物の扮装をした南蛮行列、子どもから大人まで持ち前の芸を披露する演芸大会などが行われ、祭りのフィナーレを飾る約8000発の花火大会が夏の夜空を舞台に繰り広げられます。
所在地 | 市街地一円 |
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西之表市の名所・文化
赤尾木城文化伝承館(あかおぎじょうぶんかでんしょうかん) 月窓亭(げっそうてい)(種子島家住宅)
種子島家住宅は、羽生家(羽生家は、種子島家の家老で養蚕業の普及や「種子島家年中行事」を編集した羽生道潔や、大日本池坊総会頭職を務めた羽生道則(慎翁)などを輩出した名だたる名家です。)の屋敷として江戸後期に建てられ、明治以降においては、歴代種子島家島主が居住していた屋敷です。かつて、ここでは武道や茶道、華道、礼法などの修業が盛んに行われました。現在は西之表市の文化財に指定され、平成22年4月から一般公開を開始し、おもてなしの場・癒しの場として、西之表の新しい観光スポットとして親しまれています。
赤尾木城跡
種子島島主・種子島家の居城の跡です。1624年に第17代島主「忠時」が、内城(旧榕城中学校)からここに城を移しました。赤尾木(アコウの木)が生い茂っていたことから、こう呼ばれるようになったと伝えられています。明治の版籍奉還まで、ここは島主の居館でしたが、現在は榕城小学校になっています。
種子島時堯公像
1543年(天文12年)14代島主種子島時堯はポルトガル人から購入した鉄砲で初の国産銃製造に成功しました。日本の歴史を大きく変えた鉄砲の先駆者です。
西之表市の特産・名物
安納いも
焼き芋にすると蜜が出るほどの甘さが特徴の安納いもは、昭和63年に種子島島内で作られていた、美味しいさつまいもを集め、平成元年から鹿児島県農業開発総合センター熊毛支場で個体選抜を行い、平成10年に「安納紅」と「安納こがね」として品種登録されました。
種子島茶
種子島の気候と風土に適した「くりたわせ」や「松寿」などの極早生品種が栽培されています。「日本一早い走り新茶の産地」の確立を図り、甘みのある豊かな香りある種子島茶をPRするため、生産者はGAPを取得し安心安全な取り組みを行っています。
種子島焼
種子島では窯業の伝統は古く、少なくとも三百数十年前から始まっていると推定されています。種子島焼の特徴は、この島の鉄分を含んだ土によって、固くて丈夫な陶器ができること、さらに、その天然の鉄分がつくりだす濃密な茶色の彩りが、重厚感と風情を醸し出すことです。また、その色を生かすため、あえて釉薬をかけず、ほぼ素焼きの状態にするため、それがかえって素朴な暖かみを感じさせてくれます。種子島焼は不思議なことに、使い込むほどに色艶が増してくる味わい深さがあります。